汐留鉄道倶楽部

タンゴの本場、地下鉄に古豪ダンサー

2018年6月01日

 ブエノスアイレス地下鉄を走る古豪車両(上)と、WTTC年次総会で話すフランシス・コッポラ氏=4月、ブエノスアイレスで筆者撮影

 ブエノスアイレス地下鉄を走る古豪車両の車内(上)と、タンゴショーの様子=4月、ブエノスアイレスで筆者撮影

 タンゴの舞踏が街じゅうで繰り広げられる南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに足を踏み入れ、タンゴに対して勝手に抱いていた薄暗いイメージが一変した。本場の美しいタンゴを鑑賞し、踊るように駆ける“アングラのタンゴダンサー”こと地下鉄の古豪車両に乗り、米国のイタリア系マフィアを描いた名作映画「ゴッドファーザー」の監督、フランシス・コッポラ氏が打ち明けた秘話を耳にしたためだ。

 薄暗いイメージを抱いていた要因の一つが、以前見たタンゴと名の付いた故マーロン・ブランド氏主演の映画「ラストタンゴ・イン・パリ」だ。主題歌の美しい旋律とは裏腹に、デカダンス(退廃的)と呼ぶべき内容に衝撃を受けた。「法外な出演料を要求した」「俳優なのに撮影前に台詞を覚えていかなかった」とされるブランド氏にも、タンゴにもマイナスイメージを抱いていた。

 ところが、世界の旅行・観光業界の首脳が集う世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)年次総会で呼んでいただいてのブエノスアイレスへの訪問は、タンゴに対する私の身勝手なイメージを打ち崩した。

 ラストタンゴ・イン・パリと同じ1972年に公開されたゴッドファーザーを監督したコッポラ氏が登壇し、同じく主役を務めたブランド氏を「私が出会った中で数少ない天才の1人だった」と振り返り、鉄道を含めた幅広い分野について「独自の考え方を持っており、話が面白いのでもともと議論していた内容を見失うほどだった」と絶賛したのだ。

 コッポラ氏は79年公開の「地獄の黙示録」でも主役を張ったブランド氏に振り回されたと聞いていただけで、この反応は意外だった。扱いにくい大物スターというマイナス面を差し引いても、鉄道にも通じた魅力がある人物だったらしい。

 さらにブエノスアイレス地下鉄の六つある路線の一つ「E線」で出会った古豪車両の乗り心地が、まるで“アングラのタンゴダンサー”と呼ぶべき趣ですっかり魅了された。

 この電車は、スペインの鉄道車両メーカーCAFと米電機大手ゼネラル・エレクトリック(GE)の欧州法人が手掛けた鋼鉄製車両。先頭は貫通扉を挟んで窓の上に尾灯、下に前照灯を一つずつ配した単純なデザインで、方向幕も備えていない。冷房が付いておらず、外気を取り込むために窓の下部を開けており、転落防止用のさくが窓に沿って取り付けられている。

 調べてみると、この車両はドイツ電機大手シーメンスの前身企業が1934年に製造を始めた車両「シーメンスO&K」と基本設計を共有していることが判明した。つまり、事実上の戦前世代なのだ。

 この古豪車両がホームに到着すると、「プシュー」という圧縮空気の音とともに両開き扉が開いた。客室に足を踏み入れると、まるで過去にタイムスリップしたかのようなレトロ感であふれていた。木の板を張っただけの単純な構造の座席を並べており、天井に連なった白熱灯からは柔らかな光が降り注ぐ。劇場ならば、「見世物小屋」と呼ぶべき単調なたたずまいだ。

 “公演”の山場は、扉が閉まった次の瞬間に訪れた。走りだすとうなりを上げるように響く「グオーン」という重低音は、モーターから足回りの台車部分に動力を伝えるのが旧式の「吊り掛け駆動方式」の独特の音色なのだ。

 現在の一般的な電車は「カルダン駆動方式」を採用しており、吊り掛け駆動方式は日本では一部のローカル私鉄に残るだけだ。吊り掛け駆動方式の車両が日常的に走る地下鉄は、世界広しといえども珍しいのは間違いない。

 まるで弦楽器を奏でるように重厚な音を醸し出す“吊り掛け音”が狭い地下トンネルで響き渡り、線路の継ぎ目を通る際のシンバルを鳴らすような金属音に乗り、まるでステップを踏むように車体を左右にくゆらせながら駆け抜ける。演奏と踊りを満喫させてくれる見世物小屋のような姿は、地下、すなわちアンダーグラウンドを疾走するタンゴダンサーと呼ぶのにふさわしい。

 ブエノスアイレスの地下鉄は各駅停車のため、タンゴダンサーにとっては次の駅までの区間が一つの曲目という位置付けであろうか。次の駅に着くたびに「ブラボー」と心の中で歓声を上げ、アンコールを求め続けていると、下車予定だった駅をいつしか通り過ぎて終着駅のプラットホームに滑り込んでいた。

 地下鉄に乗り込んでもタンゴショーの続きを眺めているような高揚感を覚えたのは、街の至る所で繰り広げられるタンゴに酔いしれたためなのか、コッポラ氏の言葉が糸口となって思い出したブランド氏主演の「ラストタンゴ・イン・パリ」がパリ地下鉄の高架下で始まるという地下鉄、タンゴつながりが原因なのかは定かではない。

 ただ、戦前世代の設計思想を受け継ぐ古豪車両の味わい深い走りは、再び地球を半周して日本へ戻るのを前に「ラストダンスは私に」と語りかけるような余韻を与えてくれた。

 ☆大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)共同通信社編集局経済部次長。1973年、東京都生まれ。ブエノスアイレスの地下鉄では、旧営団地下鉄(現東京メトロ)丸ノ内線の1957年に登場した「500形」や、名古屋市営地下鉄の中古車両とも再会を果たしました(詳しくは「47NEWS」などの拙稿「【記者日記】南米に007の丸ノ内線旧型車両」ご参照)。


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