香山リカ てのひら診察室

「大きな物語」と「小さな物語」

2018年6月15日

 

 カンヌ映画祭で最高賞を受賞した『万引き家族』の是枝裕和監督が、林芳正文部科学相との面会を辞退していたことがわかった。その後、林文科相は記者会見で「監督の考えを尊重したい」と述べた。

 是枝氏は自身のホームページで、「映画がかつて、『国益』や『国策』と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、大げさなようですがこのような『平時』においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞い」と自分の考えを述べている。

 ここで間違ってはいけないのは、是枝監督は決して現政権に抵抗するためにそうしているのではない、ということだ。おそらくいわゆるリベラル派による政権だったとしても、同様に「距離を保つ」としただろう。それは、同ホームページ内の是枝氏の以下の発言からも明らかだ。

「『大きな物語』に回収されていく状況の中で映画監督ができるのは、その『大きな物語』(右であれ左であれ)に対峙し、その物語を相対化する多様な『小さな物語』を発信し続けること」

 もちろん、映画の物語や登場人物の発言にはそのときの社会や権力への批判がにじみ出ることもある。しかし、あくまで描きたいのはそこで生きる人びとが繰り広げる「小さな物語」だとする是枝氏の主張に、「それが創作でありアートなんだ」とハッとした人も少なくないのではないか。

 もちろん、だからといって直接、声をあげるデモや署名活動が無意味だと言いたいわけではない。アーティストや大学人が個人としてそこに参加することも、おおいに意味があると思う。そういうストレートな社会へのアクションと、自分の持ち場を通して行う「小さな物語」の発信。ひとりの人間として、創作活動を行う映画監督として、そのバランスをどう取るか。是枝監督の真剣な生き方が作品を純化させ、今回の最高賞受賞につながった、と感じた。(香山リカ、401回)

☆かやま・りか 1960年札幌市生まれ。立教大現代心理学部教授。現代人の心の問題を中心に、社会批評など多彩な分野で活躍。「しがみつかない生き方」「『看取り』の作法」など著作多数。


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