香山リカ てのひら診察室

被爆者の必死の訴えが無にならぬよう願う

2017年8月11日

 

 広島、長崎と「原爆の日」が続いた。原爆を含む核兵器に関して、今年は「国連で核兵器禁止条約が採択される」という世界的なニュースがあった。しかし、日本は条約の交渉会議に参加せず、条約を批准してもいない。核保有国であるアメリカの“核の傘”の下にいるからというのが常識的理解だが、安部首相は長崎市で「わが国は核兵器国と非核兵器国双方に働きかけを行うことを通じて、国際社会を主導していく」と、核保有国が参加していない条約との立場の違いを述べた。

 それに対して、午後、首相に面談した被爆者の代表が「あなたはどこの国の総理ですか。私たちをあなたは見捨てるのですか」と強く迫る、という場面もあったが、それは当然だろう。長年、被爆者の心の相談に応じてきた精神科医の中沢正夫氏は、著作などで「被爆者がいまだに音や色、においに触れると体験を鮮明に思い出したり、悪夢にうなされたりするのは、PTSDの基本的な症状」と述べている。また、通常のPTSDで見られるような時間の経過とともに回復する傾向も、被爆者ではあまり見られないとしている。これは沖縄戦による心の傷の研究でも言われていることだが、高齢になり認知症などで短期的な記憶が衰えるほど、逆にこれまで自分で無意識的に抑え続けてきた被爆や戦闘の記憶が浮かび上がり、恐怖や悲しみが鮮烈になるケースもあるという。

 唯一の被爆国だからこそ世界に対して訴えられることは、いくらでもあるはずだ。「核兵器禁止の問題で条約とは異なるアプローチで国際社会を主導していく」と日本政府が言うのなら、このように長年、続く被爆者の心の被害の実態を広く世界に発表してもよいのではないだろうか。被爆者の必死の訴えが無にならないことを願うばかりだ。(香山リカ、360回)

☆かやま・りか 1960年札幌市生まれ。立教大現代心理学部教授。現代人の心の問題を中心に、社会批評など多彩な分野で活躍。「しがみつかない生き方」「『看取り』の作法」など著作多数。


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