エンタメ記者コラム

「引退後復帰」のイメージ変わる 伊達公子さんから高橋大輔選手まで

2018年9月13日

 現役復帰の記者会見に臨んだ高橋大輔選手=7月1日、東京都内のホテル

▼スポーツ界で最近、フィギュアスケートのバンクーバー五輪銅メダリスト・高橋大輔選手の4年ぶりの現役復帰や、サッカー元日本代表・福西崇史選手の10年ぶりの復帰(東京都1部の南葛SCへ)があったが、風当たりは強くないどころか、支持する声をよく目にする。



▼「引退しましたが復帰します」という人に、世間は昔、もっと冷たかった。例えば歌手の都はるみさんが引退し、数年で復帰した際、「引退しておいて戻るなんて!」とテレビで大っぴらに批判する芸能人もいた。批判する側には「潔くない」「現役をなめている」「一つのことを長く続けるのが美しい」といった美学が基準としてあるだろう。しかも歌手や作家となると、引退によって作品やグッズがよく売れる特需が生じるため、後に復帰すると、「引退ビジネスだったか」と裏切られた気分になる人もいる。引退前よりもパフォーマンスレベルが著しく低下していたら、「そんな姿は見たくなかった」と残念がるファンもいるだろう。



▼ただ、山口百恵さんや上岡龍太郎さんのように、引退したら第二の人生へと完全に切り替えることは、誰でもができるものでもない。「もう一度チャレンジせずにいられない」という思いが抑えられなければ、挑戦するのは自由だ。たとえみっともなくなろうとも、構うことはない。



▼既に私たちは、映画監督の引退宣言は真に受けなくてよい、と知っている。2013年9月1日、『風立ちぬ』を最後に宮崎駿監督が長編製作から引退すると、スタジオジブリ社長がベネチア国際映画祭で発表。9月6日、東京・吉祥寺のホテルで開かれた大規模な引退記者会見には筆者も駆け付けた。宮崎監督は「何度もやめると言って騒ぎを起こしてきましたが、今回は本気です」と苦笑した。約3年半後の17年2月23日、米ビバリーヒルズ。アカデミー賞関連のシンポジウム取材に行くと、登壇した鈴木敏夫プロデューサーが、東京で宮崎監督が新作長編の準備に入ったことを明かした。



▼13年9月の引退発表時、映画の話題は宮崎監督一色となり、“最後の作品”とされた『風立ちぬ』は興行収入を伸ばした。一方で、同時期に公開された他作品の宣伝担当者たちは、一様にうなだれていた。ある宣伝マンは筆者に白目をむいて「お手上げですわ」のポーズでよろよろと向かってくる始末。ゾンビ化していた。引退騒動はこうした陰も生む。ゾンビには気の毒だが、致し方ない。

英国のケン・ローチ監督は14年に「これが最後の作品」とカンヌ国際映画祭に出品したが、わずか2年後には同映画祭に『わたしは、ダニエル・ブレイク』を出品、最高賞パルムドールを受賞した。開幕前のラインアップ発表時、作品選定者ティエリー・フレモーは「ああ、彼はまた映画を撮ってしまった!」と笑って紹介したものだ。米国のスティーブン・ソダーバーグ監督も映画からの引退宣言後、数年で戻ってきた。昨年引退の意思を表明したフィンランドのアキ・カウリスマキ監督も、飲み過ぎな酒を少し控えられれば、また撮ってくれるのではなかろうか。気楽に待ちたい。



▼スポーツでの「引退後復帰」に対するイメージの変化は、女子テニスの伊達公子さんが再挑戦し、活躍する姿を人々の目に焼き付けたことが大きい。最高時は世界ランキング4位にまで上り詰め、1996年に26歳で惜しまれつつ引退。2008年に37歳で復帰すると、46歳(17年)までプレーし、「アラフォーの星」と言われた。2度目の引退後、記者会見した伊達さんは晴れやかな笑顔で語った。「テニスを楽しみながら最後までできたことは幸せだった。1度目の現役生活を含め、これまでやってきたこと全てに自分自身で誇りを持っている」

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第115回=共同通信記者)


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