新刊レビュー

『東京の夫婦』松尾スズキ著 共に生き、ひとりで看取る

2017年9月08日

 

 マツオさんがケッコンをした。エンゲキ人とかギョーカイ人とかじゃなく、31歳の一般女性と。……何だろう、片仮名を多用してしまう。何だかちょっとふわふわとした、非現実な匂いがそこにあるからか。

 マツオさんが作るエンゲキを、私はだいぶ好きである。狂気とかハイテンションとかエキセントリックとか、そういう言葉で語られがちなマツオさんのエンゲキは、けれど弱者へのエールにあふれている。どうも突き抜けきれない、突き抜けの寸前で躊躇してしまうような、どちらかと言えばショボめの人生にマツオさんは寄り添う。その登場人物がどれだけ酷い目に遭っても、マツオさんの軸足は決してブレない。

 本書は、そんなマツオさんが、普通の女子とケッコンをして、普通の夫婦をやってみるに至る、グラデーションでできている。

 婚姻届をどぎまぎと出す。先方の両親と面談をする。2人で暮らすための部屋へ引っ越す。2人で、よその家のちびっ子を眺める。

 ごはんの食べ方にクレームがつく。老いた母に2人で会いに行く。ハワイへ新婚旅行に行き、豪華客船でクルーズしてみる。

 そのひとつひとつが、マツオさんにとっては大冒険である。

 その大冒険の一つ一つで、彼は自分と「普通」との距離感を知る。みんなが「普通」とするものたちに、どうも馴染めない自分がいる。やがて自分の「当たり前」を平然と押し付けてくる者への当惑と反論が顔を出す。例えば、「子どもを持つつもりのない夫婦」が食らう、大小の無神経。胸がぎゅっとなる。

 マツオさんが行きたい(生きたい)道は「普通であること」ではない。ただ、「自分であること」である。自分で動き、自分で感じ、自分の言葉をつづる。自分が好きになった人と暮らし、互いの強みと弱みを補完しあいながら、持ちつ持たれつする。

 ちょっときゅんと来たのは、「松尾スズキ」に関する古い資料の山を、妻が整理整頓するくだりだ。血気盛んな日々を生きる彼とその仲間たちが、血気盛んにカメラを凝視する雑誌記事とか、血気盛んに書き溜めていた手書きの台本とか、妻が知らない彼と彼周辺の人たちの情報を、一気に浴びた妻は言う。

「松尾スズキって……めちゃくちゃ前からいたんだね」

 他人同士だった2人が、突然、家族になる。なんて不条理、だけど愉快だ。そして、単行本化にあたって書き足された最終章。本を閉じた後、訪れる静寂。生と死、平穏と修羅場、静寂と馬鹿笑いで、人生はできている。

(マガジンハウス 1400円+税)=小川志津子


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