新刊レビュー

『ニュータウンクロニクル』中澤日菜子著 廃れたくらいで滅びはしない

2017年8月11日

 

 1970年代、だだっ広い野山に林立しまくった団地群。希望に溢れた家族連れが続々と入居し、小学校はマンモス校と化し、やがてバブル期が訪れて、その機運が去っていくと同時に人気(ひとけ)もなくなり、ここで育ったはずの子どもたちは大人になっても戻っては来ず、やがて高齢者だけが残され、目に見えて街は廃れてゆく。本書は、そんな街を生きるそれぞれの世代の「今」を、10年ごとに区切って描く連作短編集だ。

 私も、そんな「ニュータウン」と呼ばれる地域の近くで育った。「ここで育ったけれど大人になっても戻らなかった組」である。実家はそれこそ70年代に建てられた郊外型高層マンションで、公園へ行けば第二次ベビーブーマーのちびっ子たちがあふれかえっていたし、「こども会」主催による夏祭りやクリスマス会に大騒ぎした。

 今は、あの頃の面々の、誰がどこで何をしているのか、私はまるで知らない。

 まず登場するのは70年代、生まれたての街を住みやすくせんと画策する初期住民の皆さんである。若い彼らは血気盛んに希望を語り、役場の若手担当者は住民の若妻に恋をする。80年代になると、まさに第二次ベビーブーマーたちがはちきれんばかりの小学校で、とある転校生が子どもたちに小さな波紋を呼ぶ。90年代には右を見ても左を見ても儲け話ばかりで、ニュータウンでプールバーを営む夫婦に亀裂が走る。残された息子は自室に引きこもり、街の活気も失われてゆき、やがて街の「再利用」を画策する新世代が投入される。かつての子どもたちはそれぞれの悩みを抱えながら四十路に突入し、老いてもなおこの街にとどまりたいと願う母親の真意に、中年娘は気付かされる。

 他人事では、まるでない。あの登場人物たちはかつての私だし、この中年娘は何年か後の私だ。実家に帰ると毎度毎度、高齢のご近所さんとしか顔を合わさないマンションの中で、すっかり「よそ者」になってしまった自分の身の置きどころに困る。回覧板は互いの安全確認術として、ドアノブにはかけず、必ずドアホンを押して、互いの顔を見て手渡すように取り決められたのだそうだ。父も母も老いた。今は二人とも元気だけれど、いずれその日はやってくる。「その日」。つまり、何らかの終焉が。

 けれど本書では最後の最後、廃れた街に息吹を与えるのは、むしろ年老いた母親だったりする。すっかりおじいさんになった、かつての若手担当者は、ここから先の「ニュータウン」のあり方を、意気揚々と語る。

 そう。ここから先もまた、ここは「新しい街」でありつづけるのだ。

 街は、人は、そう簡単には終わらない。ちょっと待てば、すぐ、新しい日が訪れる。つながる。引き継ぐ。更新する。生活というもののあたたかさとしたたかさが、じんわりと沁みた良作であった。

(光文社 1600円+税)=小川志津子


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